佐渡市にある一里塚。

といっても、カレーやケーキが美味しい果樹園内にあるカフェ プトー・アンディカティール(一里塚)ではなく、史跡『一里塚』のお話。

佐渡市の文化財をまとめたホームページによると、羽茂一里塚とは、下記のようなものだそう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

佐渡年代記によれば承応2年(1652)佐渡奉行によって相川の札の辻を起点として、小木道中と赤泊道中に築かれたと記されています。小木道中のものは中山、窪田、辰巳、渋手、中立、西三川、小泊、西方、小木の9か所とされています。大きさは高さ2.1m、直径3.6m、間隔7.2mです。一里塚には木を植えたとされていますが、この塚にはその形跡は見当たりません。なお小木半島から国仲、相川方面への道は、古くは大峰道を経て梨の木道に通じ、相川金山の開発後は小木道中になるなど、いろいろと変わりますが、ここは不変の地点です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、一里塚という言葉に馴染がありません。

調べてみると江戸時代、旅ゆく人の目印として、1里毎に設置された塚なのだそうです。

羽茂一里塚

案内看板より

〈市指定文化財〉
羽茂の一里塚 相川・小木街道は、慶長六年(一六〇一)に相川金山が開かれると、今の国道沿いにできた。当時の徳川幕府を支えたといわれる佐渡の金も、奉行も通った光の道であるとともに、また、水替無宿や佐渡の義民たちが唐丸籠で送られ、二度と帰らぬ陰の道でもあった。
相川街道の一里塚は承応二年(一六五三)に相川から一里毎に九対築かれたといわれるが、今、完全に残るのはここだけになってしまった。また東京、板橋の一里塚から中仙道。北国街道を経て、これが最後の一里塚ともなった。ここは、小木半島に続く丘陵上で眺めがよく、妙高山も米山も弥彦山も海の彼方によく見える。昔は、みな休んで行った所でもある。

指定年月日 昭和四十七年五月十日
管理者 佐渡市教育委員会

羽茂一里塚1

何も知らないでこの道を車で通ると、藁や土を積み上げたものにしか見えません。
あるいは気づかないで素通りしてしまうかもしれません。

歴史を知ると、この変化の多い世の中で400年以上昔から変わらぬ姿を留めている塚が佐渡にのこされていることに驚きを隠せませんし、当時に想いを馳せる時旅を経験することができます。

この一里塚には、司馬遼太郎も訪れています。

羽茂一里塚2

400年以上前の佐渡に触れてみませんか?


羽茂一里塚(はもち いちりづか)

所在地:新潟県佐渡市羽茂村山

※MAPは一里塚沿いにあるティーハウス一里塚(プトー・アンディカティール)を指しています。こちらを目印にお出かけください。


。:*:★。:*:★━━━━━━ 各種問い合わせ先 ━━━━━━★:*:。★:*:。

【佐渡について】
佐渡観光協会(両津港ターミナル駅内) TEL 0259-27-5000 
佐渡汽船(総合案内・新潟) TEL 025-245-1234 
新潟交通佐渡 TEL 0259-57-2121
(佐渡での路線バス・定期観光バス・観光タクシー)

【佐渡に行くまで】
JR東日本 JR東日本お問合せセンター TEL 050-2016-1600
新潟交通 問い合わせ先
 ・高速バス予約センター TEL 025-241-9000
 ・バスセンター案内所 TEL 025-246-6333

【佐渡の宿を予約する】 
じゃらんnet 【佐渡の宿を人気順に表示】
るるぶトラベル【佐渡の宿】
Yahoo!トラベル【佐渡の宿】
JTB【佐渡の宿】
日本旅行【佐渡の宿】
佐渡汽船【浪漫紀行】